よしまのメモ帳

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好奇心≧危機感くらいでちょうどいい。

「怖そう~」


さっきお昼のワイドショーでやっていたエアレースの映像を見た母の感想である。

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私は母が何か言うたびにげんなりする。

今日のワイドショーにしてもそう、

ライブに行っても「これが聴きたかった」、

これこれこうだったんだよと話しても「体こわすよ」「高かったんでしょ?」。

即ネガティブな言葉が出てくるのである。


これは家系だな。
母方の親戚もおおかたそんな感じで、会うたびにこれまたげんなりする。
同じ屋根の下に住んでたんだから似るのも当然っちゃ当然ではあるが。

父方の親戚とは盆と正月しか会わないし、会っても喋らないので分からない。
毎年集まる意味あるんだろうか…。
ほとんど祖母の話を聞いてるだけだし。

話は興味深いものだからいいんだけど、ぶっちゃけ皆が正社員で働いている人達の中に一人ニートが放り込まれて、居たたまれないったらありゃしないんだよ。


まぁそんなことは今どうでもいいんですけど。

それで第一声って、一番考えてることがポロッと出るもんだと思うんですよ。
気を遣わない家族なんかの前では特に。

それがネガティブな言葉ってどうよ、という話です。今日は。


なんかね、

つまんねーな、って思うの。


そりゃ年を重ねて現実が見えてきてマイナスの面もたくさん見てきたんだと思う。
自分も見ていくんだろう。

仕方ない。
必要なことでもある。
身を護る能力は大切です。

でも恐怖心とか不満とかが好奇心や楽しさを大きく上回っていたら、毎日過ごしてて嫌にならないの?と思ってしまうわけで。

嫌なことばかり考えていたら、それしか目に入らないでしょう?
自分の世界が否定したことや言葉で埋め尽くされて、生活まるごと嫌になったりしないのかな。


たとえば仕事などでややこしい作業がまわってきた。
テストで難しい問題が出た。

「大変そう…」と思って取り組むのと「やりがいがあるぞ!」と思って取り組むのとでは確実にモチベーションが変わる。
集中力が変わる。
断然、後者の方が良い。
自分にとっても、周りにとっても。

そういいながら、自分も少し否定的な言葉が増えてきたのが悔しいところ。

好奇心たっぷり、思いつきで突っ走っていた子供の頃が羨ましいと思うよ。

柵の上を歩いたり、3メートルの塀をのぼるなんて今じゃとてもできないもの。

「あれやったらどんな気分なんだろう」「これどんな味がするのかな」という好奇心を
「お金かかりそう」「並びそう」と否定的な言葉で叩き落としていたら、何も増やせない気がする。

ちょっとくらい夢見たっていいじゃない。

大抵のことはいくつになっても出来る時代。

いつまでも、好奇心がちょっと優位なくらいでいたいと思う。

 

オチは特に無い。

 

いつもお読みいただきありがとうございます。