よしまのメモ帳

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ひろこばあちゃんの愚痴を聞いても不快にならない3つの理由。

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人の愚痴を聞いて楽しいと思う人は少ないでしょう。
私も家族から毎日愚痴を聞かされてウンザリすることもしばしば。

しかし、「ひろこおばあちゃん」の愚痴は不思議と嫌にならずに会うたびイライラせず聞くことができるんです。
何故だろう?とひろこばあちゃんの話を思い返しながら考えたところ、「これかな?」と思う点が3つ見つかったので書き留めておこうと思います。

私は自分の話を聞いてつまらないと思われるのが怖くて友人にも愚痴を言えずにいるのですが、この点に気をつければ相手を不快にさせずに愚痴をこぼすことが出来るかもしれません。
そうすれば、ちょっと心を軽くできるかも。

愚痴り方を考える。

ちなみにひろこ(仮名)は御年83歳の元気な私の祖母です。
少し前まで毎日自転車に乗って通勤し、朝から夕方までパートで働いていました。
病院通いもなく超元気!

頻度が少ない

当たり前ではありますが、話を聞く機会は少ないに越したことはありません。

ひろこと会う日は一年間のうち盆と正月と間に1日あるかないか。たった3日しかありません。
これが嫌にならない大きな理由かも。
3日しかないので「たまにしか会わないから話に付き合ってもいいかな」とあまりマイナスな感情を持たずに話を聞くことができます。

これが毎日だとさすがに「またかよ」と思ってしまうでしょう。

とはいえ年に3日だけでは愚痴る側の鬱憤が溜まり過ぎてしまうので、ほどほどに発散しつつ、遠慮しつつとするとちょうど良いのかなと思います。

個人的には月2~3日までかなぁ。少なすぎ?
うまく聞き流せる人に対してはもっと頻度が高くても大丈夫かもしれません。

愚痴り足らない場合は何人もに違う話を聞いてもらうのも手ですね。

笑い話になる

頻度が少ないとしても毎回不満タラタラな話を聞かされると「会いたくない」と思ってしまいます。
今まで出会ってきた人は、愚痴をこぼすときにネチネチとした喋り方で顔をしかめて、今にもスタンドが出てきそうなオーラを纏って話す人が大半でした。

しかしひろこは違います。
冷静に経緯を話したあとはスパッと主張を述べて、最後は笑って話を終わらせるのです。
「ほんっと○○さんは△△でね~。注意したら□□って言われちゃった!あんな人がお偉いさんじゃ世も末だわ(≧3≦)」みたいな。(話の内容は例えです)

高笑いや鼻で笑われるのは別として、基本的に笑って話しをされて不快に感じることは少ないはず。
また自分(聞く側)も「笑う」というプラスな感情のアクションができるので、ストレスが軽減されているのではないかと思います。
その話し方を見ていると、笑うことでひろこ(話す側)も不満を昇華しているようにも感じました。

会うたびに近況という名の愚痴を聞かされていますが、モヤモヤとしたマイナスの感情があとに残らないので「もう聞きたくない」と思うことはありません。

何度も愚痴を聞いてもらうには「楽しんでもらう工夫」が大切なのだと感じました。

得るものがある

ひろこの話を思い返していて、ひろこは愚痴が終わるといつも「こういうことがあったら次は〇〇すればいいんだな、って分かったよ~。」と、教訓というか知恵として話をまとめることに気づきました。

ここから「楽しんでもらう工夫」としてもう一つ、何か得るものがあると人は聞いてくれるのではないかと思いました。

同じ不満を持っている者同士であれば共感できるんでしょうが、他人の愚痴なんて正直どうでもいい話ですよ(暴言
それを聞いてもらうには何か価値が必要なんじゃないかと。
先ほど書いた「笑える」も価値のひとつでしょう。

「話の価値って聞く側が見出すものなんじゃないの?」と思う人もいるでしょうが、限りある時間を割いて聞いてもらうんですから話す側も労力をかけるべきだと私は思います。
価値があれば、愚痴ったのに「良い話を聞いた」と逆に有難がられるかもしれませんし(笑)

まとめ

以上、ひろこの愚痴り方でした(違う

元々の性格やトークの上手さもあるのでなかなか難しくはあるんですが、ひとつずつでも実行していけたら変わるのかな、なんて。
ほどよい愚痴をこぼして、持ちつ持たれつストレス解消できたらいいですねぇ。